「アラブ世界変動の兆し」NHKきょうの世界
<エジプトの雰囲気はどうですか>
(池内恵)
「レバノン市民への犠牲に対する憤りが非常に高まっていました。
強大と思われていたイスラエルの軍事力にヒズボラが有効に
対抗し得たということで、ヒズボラへの高い評価が生まれている。
『アラブのヒーロー』『ナセルの再来』という形容もメディアに表れている」
<山内さんが最も注目した点は>
(山内昌之)
「国家としてレバノン中央政府が殆ど当事者能力を持たなかったということ。
替わって武装勢力としてのヒズボラがレバノン国民の意思を呈するかのように
して、イスラエルに対決したという印象を与えたということ。
全体としてアラブナショナリズムが後退している。
替わってイスラム主義、特にシーア派の力の増大が目立った。
エジプトやサウジの影響力も弱まっているということを示した」
<シーア派ベルト地帯、シーア派の台頭について>
(山内昌之)
「シーア派ひいてはイランの台頭は、
イスラエルとの関係、中東の政治の中に違うルールを入れた。
これまではイスラエルとの関係において、アラブ国家は
イスラエルの国家としての承認をどうするか、
国境をどのように画定するかを巡るゲームだった。
ところがイラン、ヒズボラの場合は、そうではなくて、
イスラエルという国家そのものを認めない。
あるいはイスラエルの持っているイデオロギーを認めない。
つまり宗教、政治の両面における対決のイデオロギーが正面から出た。
ゲームのある種の性格の変化が起きたことが一つ。
もう一つは、イランは本来、中東和平、パレスチナ問題等の当事者ではない。
イランにとっての第一の関心事は、イラン国家の体制護持。
二番目は、シーア派の革命的イデオロギーをどう拡大するか。
アフガニスタンでは、イランは、アメリカに協力して、
東のタリバンの脅威を消した。
それによって利益を得ました。
イラクでも、アメリカの力で、フセインという
敵が倒されたことから大きな利益を得ました。
石油価格の高騰。
ウラン濃縮。
イランはこれまで外交的成果を獲得してきたが、
レバノンのことでは、単なる勝利ではなく、
もっと複雑さを抱え込んだ」
(池内恵)
「レバノンとイラクは、シーア派が多数派でありながら、
政治的力を持ってこなかった国で、
シーア派が力を増していることは自然なこと。
ヒズボラの伸張は事実。
それにより一番危惧されるのは、レバノンの非常に複雑で微妙な
宗派間のバランスによって成り立っている政治体制が崩れる可能性。
誰もが内心危惧している。
表面上は、『勝った』とヒズボラに声を合わせるにしても、
裏では交渉が行われていて、ヒズボラが余り過剰に伸張しないように、
今後はなるべくヒズボラを封じ込めていこうという動きが水面下で見られます。
今回の停戦もヒズボラを過度に突出させないように封じ込める為の手段として、
レバノンやアラブ世界でも受け入れられています」
(山内昌之)
「私は基本的に、敢えて言えば、必要のない戦争だった。
ここの性格を見ないといけないと思います。
もう一つは、レバノンという国が、
いかに中東の地政学が生んだ大変な悲劇に覆われている国ということ。
レバノン国民は二つの相反する面を持つ。
一つは2000年のイスラエル撤退以来、復興の緒についた国。
もう一方はアラブの一員としてアラブの大義、アラブの理想を抱え込んできた。
シーア派の武装組織によって振り回された。
シーア派の市民にとっては、一体化して、一体感もあるが、
本当に長期的にみて、他の勢力にとって、
幸福な事態であるかどうかという疑問を抱かせる。
そういうことを歴史的に考えさせる機会にもなった」
(ヨルダンのハッサン王子)
「聖戦へスンニ派とシーア派が連合する動きが広がっています。
狂信的イスラム主義者が増え、イスラエルにも狂信者が増えました。
中東地域の安定を損なうもので、大衆の意思も封じ込まれるでしょう。
大衆は恐怖ゆえに沈黙し、行動意欲を奪われているのです。
これは、バルカン化、レバノン化、果てのない紛争の広がりです。
エジプトからバングラデシュまで紛争が広がることを恐れています」
(山内昌之)
「対テロという名分で、国内のイスラム主義勢力、武装勢力、テロ勢力と目する
者と対決を続けるということを大義名分として、実は国内における民主化や
あるいは自由化ではなくて、社会の安定化、あるいは反テロという名目で、
むしろこれまでと同じように自分達の政権のある保守性、腐敗、世襲制、
ある意味では政権としての合法性が疑わしい、
そういう状態の政権を維持していきたいという、
こういうことになるんだと思います。
その時の手掛かりは二つありまして、
一つは、アメリカと連携していく、イランと対抗する。
こういうものでスンニ派としての独自性を考える。
二つ目は、中東拡大和平会議のようなものを構想して、
そこにイラクやレバノンも含めて、
スンニ派を中心としたアラブの巻き返しを図っていく。
2002年のベイルート宣言、イスラエルの承認を条件付きで認めていく方向。
ベイルート宣言というスンニ派アラブの対外政策の切り札と
中東和平会議という米、EUを巻き込んだ和平会議をセットにして、
急進派、市民の不満をなだめていこうとする方向に働くのではないか」
(池内恵)
「イスラエルが軍事行動だけでは、ヒズボラを
排除することができなかったという現実がある。
国際社会、EU等はイスラエルを批判したが、
アメリカはかなり突出してイスラエルを支持した。
その政策も裏目に出て、むしろヒズボラが威信を高める。
米とこれまで態度を異にしていた仏伊に頼って、国際部隊を派遣してもらう。
それによって事態の収拾を図るという新しい動きが出てきた。
イスラエルもこれまでは反対していた米以外の
欧州諸国の介入、関与を認めざるを得なくなった。
これは今後のパレスチナ問題の解決に関しても、
場合によっては一つのモデルとなる可能性がある。
アメリカとイスラエルの思い通りにならなくなった時、
違う立場をとってきた欧州諸国が関与する。
イラン、シリアも水面下で協力する。
今後の中東和平の為の一つの肯定的なモデルになる可能性もある」
<アメリカの仲介者としての地位が危うくなってしまった。
場合によっては今後、肯定的なものに繋がるかもしれない。
他方イスラム回帰という現象も>
(山内昌之)
「イスラムにおいては、アブル=公正ということが非常に重視される訳ですが、
アメリカはアブルに反することばかりしている。
イスラエルとアラブの関係において明らかに二重基準、
ダブル・スタンダードは否定し難い。
こういうアメリカを頼らなければ中東和平はできないのか
という苛立ちがアラブの市民達の間に拭い難く存在する。
アラブの尊厳、誇り、こうしたものが、
踏みにじられているということに対する怒り。
例えば、トルコというイスラムの力を中東域内の力として活用するという知恵、
こういうものもこれから多角的に検討していく必要がある」
<トルコのような世俗主義を活用するということですか>
(山内昌之)
「世俗主義でありながら、イスラムを尊重している。
イスラムに即した新たな歴史、生活を展望している。
ずっと実験している。
そういうトルコの成果をアラブが
どう取り込んでいくかということを前向きに期待
全ての民主主義、全ての実験がアメリカ型でなければいけないとか、
欧米から来なければいけないというものではなくて、
中東域内にもそこに一つの知恵もあるということを
見るべきではないかと思います」
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