「砂漠に暮らす遊牧民」(豪ABC)
NHKBS(2005.4.15(金)放映)
イスラエル南部ネゲブ砂漠に住むアラブ系遊牧民。
人口に占める割合は1、2%。
イスラエル政府は遊牧民の一部が武器などの密貿易を行っているとみており、
その防止策としても遊牧民の定住化政策を推し進めています。
遊牧の民ベドウィンは七世紀にわたり荒野のネゲブ砂漠で暮らしてきた人々です
この大地に穀物を作り、家畜を飼って生き延びてきました。
しかし、砂漠の民の伝統的な生活は今終わろうとしています。
イスラエル政府は遊牧民の集落を認めず、45の村の撤去が予定されています。
ネゲブ砂漠北部アザズメさん一族はこの地域を支配する七つの部族の一つです。
シェイク・サラマ・アル・アザズメさんはイスラエルが建国された1948年より
前からここに住んでいます。
「昔はラクダと羊を飼っていてよく乳を搾ったものだ。素晴らしい生活だった。
誰も我々に出て行けとか移動しろなんて言わなかった。あっちへ行け、こっち
へ行けと言われるようになったのはイスラエルの統治が始まってからだよ」
彼らは間もなく移住しなければなりません。
イスラエル政府は、この地域を軍の射撃訓練場にするとして、立ち退き命令を
出したのです。
しかし、アザズメさんは納得できません。
最近すぐそばにユダヤ人が養鶏場を作ったからです。
ネゲブ砂漠の遊牧民はオスマントルコの時代から土地の所有権を認められて
きました。
しかし今イスラエル政府は、オルメルト副首相の下、遊牧民を排除しようと
しています。
「遊牧民はネゲブ砂漠に暮らしています。しかし最近自分達の土地以外にも
居住場所を広げています。他の人達や政府の所有地に無断で住んでいるのです
我々全員が守るべき伝統的なルールに従わないのは遊牧民の方なのです」
(オルメルト副首相)
アザズメさんは、イスラエル市民として裁判所に提訴しました。
しかしこれまで遊牧民が政府に勝ったことはありません。
イスラエルの遊牧民政策は成功しているようです。
生活保護費が支給される日、ラハトの街は四万五千の遊牧民でごったがえし、
銀行の前には行列ができます。
かつて牧畜と農業を営んでいた誇り高き人々の現在の姿です。
ラハトは遊牧民を都市に順応させる為にイスラエル政府が作った
七つある特別区域の一つです。
犯罪が多発し、イスラエルで最も治安の悪い地域です。
成人の七割が失業し、子供は学校へ行っていません。
アフメド・アル・クラノウィさんは、ラハトに最初に移って来た
遊牧民の一人です。かつての生活を捨てられず、裏庭で羊を飼っています。
「ここはまるで刑務所だよ」
クラノウィさんは、裏庭のテントの中でくつろぎます。
テントには一家の思い出が詰まっています。
ラハトに住むほとんどの遊牧民は生活保護を受けています。
「辛いね。時々砂漠に住んでる友達の所に行くんだけど、平和で穏やかな
生活ですよ。爽やかな風、新鮮な空気が懐かしい。戻りたいな」
イスラエル政府は無料で水道や電気を提供し、土地も与えると約束して
移住を勧めました。
「遊牧民の扱いについて私達は恥ずべきです。彼らに市民権さえ
与えていないんですから」(労働党コレット・アビタル議員)
政府の対応に異議を唱える議員もいます。
「イスラエルの全ての市民は子供を学校に通わせなければならないと法律で定め
られています。ところが政府は彼らの居住区に充分な数の学校を作らない上に
遊牧民が自分達の学校を作ることも認めていません。つまり政府が法律を
守っていないということですよ」
「何を仰ってるんですか。我々は電気を供給してますし、特別区でも
ネゲブ砂漠でも公共サービスを提供してますよ。でもネゲブ砂漠の
全てのテントにそれぞれ独立したインフラを整備するなんて無理でしょう」
(オルメルト副首相)
イスラエル政府は近くのガザ地区に住む数千人のイスラエル人を
ネゲブ砂漠に移住させたいと考えています。
その為遊牧民を法律でネゲブ砂漠から排除しようとしているのです。
去年七月ここに「緑の警備隊」と呼ばれるイスラエルの悪名高い軍事組織が
突然現れ、遊牧民の簡素な家を破壊しました。
都市への定住化政策を強力に推し進めるイスラエル政府の典型的なやり方です。
遊牧民はただ呆然と見ているだけでした。
この二年、イスラエルのやり方は過激さを増しています。
遊牧民が育てている農作物に政府が飛行機で毒薬を撒いたという話も聞きました
「畑に毒薬を撒いたのですか」
「知りません。そんなことはないでしょう」(オルメルト副首相)
オルメルト副首相はこの政策の陣頭指揮を執っています。
「確かにそういった報告はありますよ。
しかしこういう問題では噂にすぎない場合が多いでしょう。
遊牧民がそう訴えているのでしょうが、政府の政策ではありません」
インタビューの二週間前、イスラエルの高等裁判所は、毒薬散布の事実を認め、
中止する命令を出しています。
「遊牧民は兵役に就き、税金を納め、イスラエルに忠誠を尽くす市民です。
今の政策では彼らを敵に変えてしまいます。利口な方法とは言えません」
(労働党コレット・アビタル議員)
<私の感想>
ネゲブ砂漠といえば、まず「アラビアのロレンス」を思い出します。
誇り高きベドウィンは、イスラエルの定住化政策に翻弄され、
イスラエルから支給される生活保護という施しで生き長らえているんですね。
これもまた悲劇ですね。
<参照>
短編ドキュメンタリー:『未承認村』:‘The Unrecognized‘
http://ima-ikiteiruhushigi.cocolog-nifty.com/palestine/2007/04/the_unrecognize_4fb6.html
The Bedouin of Israel:イスラエルのベドウィン (BBC)
http://ima-ikiteiruhushigi.cocolog-nifty.com/palestine/2007/09/the_bedouin_of__95bb.html
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「イスラエルのベドウィン遊牧民」DAYS JAPAN 7月号
イスラエルの国土の半分以上を占める南部ネゲブ砂漠。
人口は全国民の約8%しか住んでいない。
ベドウィン達は、1965年まではイスラエル軍の管轄下に置かれていた。
現在ネゲブに住むベドウィンは15万人。
その内約8万人は45か所の無認可の村々に住んでいる。
村人の多くは何世紀にもわたって住んでいるが、
イスラエル政府は土地を没収し、土地の所有を認めていない。
家を建てることも法律で禁止している。
法律を盾に「国有地を不法に占拠している無法者」とみなし、
家や畑を破壊している。
現在、政府はベドウィンを7つの地域へ集めて定住させようとしている。
7つの地域には、現在約7万人が暮らしている。
しかし、彼らには地域開発計画に参加することは認められていない。
農業への配慮もなされていない為、家畜を手放さねばならなくなり、
失業し、貧困と犯罪が深刻化している。
アル・ザールーラ村では、5万ドルと一年を掛けて、モスクを建築するが、
完成間近で政府により破壊される。
エロクビ族は、アル・アラキーブ地区に何世紀も前から住み続けている。
1952年、政府は、6ヶ月だけ土地を空ければよく、その後戻ることができると
説明した。
航空写真を撮影し、写真には土地所有者達の名前が書き込まれていた。
その説明を信じ、一時的に土地から移動した。
しかし、再び戻れることはなかった。
2000年、国の許可なく元の土地に戻った者達に対して、国は、家々を破壊し、
多額の罰金を科し、毒物を散布して農作物を壊滅させた。
2004年、人権団体が最高裁に訴えた後、やっと毒物散布が禁止された。
投稿: 妹之山商店街 | 2005.07.17 01:22