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2005.01.20

「イランの民主化は進むか:改革派新聞の苦悩」

<参照>
イスラム宗教国家権力による情報統制を創意工夫で突き破るイランの人々
http://ima-ikiteiruhushigi.cocolog-nifty.com/gendaisekai/2009/06/post-6ad5.html

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「イランの民主化は進むか:改革派新聞の苦悩」(2005.1.19(水)放映)

この四年で、百紙以上の改革派新聞が発行禁止処分になりました。

79年のイラン革命、七千万人の人口の半数は、それを知らない若い世代になりました。
こうした若者達は表現や言論の自由を強く求めています。
そうした声が穏健な改革路線を掲げるハタミ大統領を誕生させました。

イランの改革派新聞シャールグ新聞社を三週間密着取材した記録です。
東という意味のシャールグ紙は、わずか一年でイラン第四の日刊紙となりました。
首都テヘランの街頭に並ぶ日刊紙は二十紙余り。
そのほとんどが政府の助成金を受けています。
イランの日刊紙の総発行部数は約七十万部。
一番値段の高いシャールグは公称部数十万部。
「発禁新聞最後の生き残りだ」
新聞を売っている街のオッちゃんが言っていました。

イランの年間交通事故死亡者は二万一千人以上。

シャールグのスタッフはほとんどが二十代です。
グーチャニ編集長は28歳。イラン全国紙で最年少の編集長です。

97年ハタミ大統領誕生。
政党政治が機能していないイランでは、新聞が野党に代わる役割を担い、
政府に変革を求める声となりました。

シャールグでは、『聖域』を犯さないかどうか自己検閲しています。
編集長が言うには、
「第一の聖域は最高指導者です」
「第二の聖域は司法当局です。
司法当局は新聞を発行禁止にする権限を持っています」
「第三はイスラム聖職者です。
この国で聖職者を批判することは許されていません」

イランの法律は大まかで曖昧な為、どこが『聖域』なのかが極めて分かりにくいのです
「新聞が立ち入ってはいけない聖域は極めて不明瞭で神経を使います」

2004年の第七期国会議員選挙では、聖職者とイスラム法学者で作る護憲評議会が
候補者の事前審査を行ない、改革派二千人以上の立候補資格を剥奪しました。
これに抗議する改革派の議員グループは、26日間に亘る座り込みを行ない、
最高指導者ハメネイ師に抗議の書簡を送り付けました。
シャールグともう一紙だけがこの書簡の一部を掲載しました。
投票日前日、二紙は発行禁止を宣告されます。
シャールグの社長は当局に謝罪しました。
発行禁止から十五日後、シャールグは復活しました。
処分後、同じ名前で復刊した新聞はシャールグが初めてでした。

「投票率の低さは、人々が希望を失っていることの現われでしょうね」
と若い女性ジャーナリストが言っていました。

もはや、政治を通して改革を実現することはできない。
そうした失望感が増す中、改革派新聞は戦略の転換を迫られています。
編集長は、
「確かに我々改革派新聞は現在退却中です。しかしただの退却じゃない。
これは再び前進する為の退却なんです」

シャールグは、改革闘争の場を、政治から社会・文化欄へと移しました。
「社会部記者は少しずつ社会のタブーを破っています」と若い女性記者。
「国連が売春婦の福祉のための拠出金をイランに割り当てるかどうかを取材しています」
「去年は、イランの麻薬中毒問題を取り上げました」

2003年のイラン地震では、真っ先に駆けつけ、写真部主任のコウサリの迫力溢れる写真は
世界に配信され、コウサリとシャールグの名は国際的に知られるところとなりました。


イラン・イラク戦争で、イランは20万人の犠牲者を出しました。
イラン人が今も憤っているのは、イラクが国際法で禁止されている
マスタード・ガスや神経ガスなどの化学兵器を大量に使用したことです。
シャールグは、化学兵器の攻撃を受けた元兵士を取材しました。
戦後十六年経った今頃になって、兵士達に症状が現れ始めています。

街頭の新聞販売屋の店頭で、
「誰がサダムを裁くの? アメリカ? サダムを産み育てたのはアメリカよ。
でも彼が刃向かうとアメリカは抹殺しようとした。ビン・ラディンと同じよ」
と、黒いヴェールに黒いサングラスを粋にかけた女性が、極めてクールに語っていました。
「サダムの裁判はイラク国民を欺くためだ。
それでイラク人がおとなしくなると思ってる。
サダムはアメリカの子分だ。サダムに武器を与えたのはラムズフェルドだ。
なぜ世界はサダムのイラン攻撃を支援した? 今ごろになって犯罪者扱いか?」
と、お爺ちゃんが、街頭で激昂していました。

マーロン・ブランドの死を一面トップで伝えました。
「アメリカ先住民の支援といった政治活動」
「彼の訃報が一面トップを飾るのは当然です」

聖職者を批判したアガジャリ氏。逮捕、裁判、釈放。
「嘘と真実のせめぎ合いが長く続いたこの国で、真実の側に立つことの正義を
若い世代とジャーナリストが身をもって示してくれたのです」(アガジャリ氏)

「こうした小さな一歩を積み重ねてイランの民主主義を確固たるものに
しなければなりません」(女性記者)
「厳しい報道規制の中にあっても、国民に向けて分かり易く、正確に、且つ
政府からの介入を受けないようなかたちで、政治や社会の諸問題を報道する、
それが我々に求められるジャーナリストの技というものです」
「この国の将来は私の将来でもあります。自分で変えられることも、
変えられないこともある。選択肢が乏しくとも希望を持つべきです」


<私の感想>
60人のスタッフには若い女性も多く居ました。
半分以上がそうだったようにも私には見えました。
皆黒などのヴェールを被っていますが、
快活で日欧米人と変わらない価値観を抱いているように私には思えました。
皆前向きで、活発で、健全なように思えました。
当局とのせめぎ合いにも、したたかに粘り腰で屈しない。
そこにジャーナリスト魂をみました。

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コメント

 イラン:「若者に人気〝アメリカン・スタイル〟」
 NHKBS(2005.2.17(木)放映)

 1979年のイラン革命を知らない世代が大半を占めるイラン。

 ジーンズを好み、欧米の映画や音楽も好む若い世代。

 その若者にアメリカン・スタイルと呼ばれる重量感溢れる大型バイクが人気。

 テヘランで開かれたモーター・ショーでも人気を集める。
イランのオートバイ業界では、中国などで販売されているアメリカン・スタイル
のバイクをベースに国内向けに改良したモデルを生産し、競って販売しています。

 ある若者は、
「よく警察官に呼び止められた。」
 自由な文化に憧れる若者達を抑えつけることは次第に難しくなっています。

 海外からの衛星放送で観られるアメリカの映画やテレビ番組の影響が大きいと
言われています。
 イランの当局は、衛星放送の受信を禁止していますが、こっそりとアンテナを
立てて観る人が増え続けているということで、自由を求める動きを止めるのは
難しいようです。


 <私の感想>
 イランでは、衛星放送受信を禁止しているんですね。
イラク戦争前のフセイン独裁政権下での、サラーム・パックスの日記を読むと、
同じように衛星放送受信を禁止されていたイラク市民の多くが、こっそりと衛星
アンテナを立てて、衛星放送を受信し、またこっそりとしまっていたという記述
を思い出しました。

 東欧革命でも、インターネットの役割が大きかったと聞いています。
情報を禁じるという古典的な独裁の手法は、もはやそれ自体が難しくなっている
とも思えます。
 ただ、北朝鮮では、余りにも貧しいので、インターネットや衛星放送受信と
いう生活レベルの一般民衆自体がほとんど存在しないであろうことが、ネック
ですね。
 韓国からのラジオ放送は去年始まったと聞いていますが、
効果のほどは、どうなんでしょうね。

投稿: 妹之山商店街 | 2005.02.18 04:22

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