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2005年12月 5日 (月)

「中国農民調査」陳桂棣・春桃(文藝春秋)

「越後屋、お主もワルよのう」
「お代官様こそ」
「ワッハッハッハッ」
というのは現代日本ではギャグのパロディ以外の何ものでもありませんが、
21世紀現代中国では、リアルな現実そのものです。
更には、水戸黄門や大岡裁きも登場します。
地方の悪代官を中央政府が公正に裁いてくれるという設定です。

 本書は、基本的に<地方の悪徳幹部>を農民が告発し、
それを<中央政府>が、公正に裁いてくれるという構図になっています。
中央政府を真正面から批判したのでは、そもそも出版が許可されない
という現実があるのでしょう。
その為に本書はそういう構図をとっているのか、あるいは筆者夫妻が
中央政府に幻想を抱いているのか、それは私には分かりません。

筆者夫妻が二年間にわたって、安徽省で取材した迫真のレポートです。
登場する人物は全て実名で描いています。

いずれにせよ、本書では中国農民の
信じられないような悲惨な現実が描かれています。
私は深い衝撃を受けました。
私のみならず、現代中国の都市部の人々にも衝撃だったようです。

本書は2004年1月発売後一ヵ月で十万部を売り上げました。
百以上のメディアが訪れ、中国中央テレビ局にも出演しました。
2004年3月発禁処分。
それでも百万部もの海賊版が出回りました。
ネット上でも全文を読むことができます。

本書の発行とその発禁処分は、現代中国の肯定面と否定面を
象徴していると言えるかもしれません。
本書が中央テレビでも採り上げられたことは、中共指導部中枢でもそれを
後押しする勢力が背後に存在するからだろうし、
発禁処分となったことは反対する勢力が背後に存在する。
そういう中共中枢での内部対立があると言えるかもしれません。

<第一章>事件

・1993年:丁作明リンチ死事件:利辛県紀王場郷路営村
 村の党支部書記の不正を告発
 郷の党委員会へ帳簿監査要求、更に県紀律検査委員会へ
 警察の派出所内の拘置室で暴行を受け、翌日病院で死亡。

 「都からやってきた「名判官様」が「私服調査」するという情報は
  たちまち利辛県中にひろまった」

・1998年:固鎮県唐南郷小張庄の副村長の不正を訴えた村人
 副村長と二人の息子等計五人で村を襲撃、四人を殺害、一人重傷
 「村のボス」

 「地方に置かれた国家の裁判所が地方の利益を代弁する裁判所に
  なり下がっている」

・1997年:大高村事件:税金取り立て抵抗事件:
 公安、武装警察が32台の車輌、200人で村を襲い、村民52人を逮捕
 村の主任の不正

・1994年:直訴活動:臨泉県白廟鎮王営村:党員の王氏が地元の不正を上級機関
 に訴えるも、逆に党籍剥奪され指名手配され、異議申し立てることもできない
 国務院弁公庁直訴局
 農民は「助けてくれる外からの正義の力を求める」
 1995年12月不正は認められ、王氏は党籍復活、村の書記となる


 <第二章>何が問題なのか
1985年、1990年と農民の負担軽減の指令は出ている。
しかし、指令は出ていても実行はされない。
何故何度も命令を出さねばならないのか
年間純収入の5%を超えてはならないという公式文書が守られないという事態。
1994年、国税と地方税に二分割する分税制
これでは地方行政は農民から収奪せざるを得なくなる
農民に課せられた税の種類は三百種類近く
改革を行う度にリバウンドが生じる
1952年生産から離れる幹部を各郷に三人とはっきり限定している
「農村改革の成果を消費したのは誰か。
 それはまさに無限に膨張した組織と際限なく増え続けた官吏にほかならない」
1979年には275万人。1989年には543万人。1997年には800万人に達する。
「整理―膨張―再整理―再膨張―大整理―大膨張」
「中央―省―市―県―郷」という五階層
「地方政府は地方利益によって運営されるという構造上」の問題
「工業化国家の為の蓄積は農村と農民を犠牲にするより選択の道はない。
 農民の余剰労働価値を都市の工業資本の原姿蓄積とする」
農村人口が都市へ流れないようにする為に「農村戸籍」と「都市戸籍」に分割
「農民をあらゆる社会保障制度から排除」「一国二政策」
「農民達は国家のマクロ経済調整を保証する為、国有企業を支援する為、
 都市社会の安定の為に大きな犠牲となった」
「すぐれた指導者温家宝」「騙された朱鎔基」


 <第三章>改革の長い道のり
「税費改革の第一人者何開蔭」
唐代の両税法や明代の一条鞭法も研究し
恒久的な請負制
耕地の所有権と使用権を分離し、譲渡権も認める
現物税を復活
買い上げ制を廃止し、食糧も市場解放
土地の生産効率を上げ、農村の分業化が進む

地方幹部は、恣意的な税収入手段を失うので、猛烈に抵抗

県郷の党幹部は一年中、税の徴収に追いまくられる
税を徴収する経費だけでも収入の数割に及び、それも農民に転嫁される
皆に嫌われ、党への不信も生む
経済的意義だけでなく、政治的意義も大きい
・農業特産税の問題

<問題点>
・地方税収入で教育・道路建設・社会保障費などの
 公共事業を行うのだが、その予算が足りない
何開蔭は「私達がやってきたのは、農業税と費用の徴収方法の改革であって、
 まだ農村の本当の意味での税費改革には至っていない」

「今回の改革は国有食糧部門がいままで浸ってきた
 官商・政経一体の管理体制を壊すものである。
 『食糧企業は自主経営を行い、損益やリスクは自己負担し、自分の力で発展し
  国家行政機能を代行することはなく、国家もまたその経営に関与しない』
  という形で、国有企業に市場競争への参加を強いるものだった。
 改革が利益の再調整である以上、全ての機関や人が満足するような改革は
 あり得ない」

「農民の負担軽減は、一方で県、郷の財政を圧迫した」
県・郷は早期退職やリストラを行ったりして、
人件費を削減し、あらゆる経費を削減しようとした。
村の合併、学校の合併、行政組織の合併も行った。
農村でも、高付加価値の作物栽培等にも努力もした。
しかし、無理なものは無理だった。
「負担の軽減と財政のバランスを考えていない」
「改革の一環として、農村教育事業付加費と教育付加費が廃止されたが、
 かといってこれを補う資金が投入された訳ではなく、農民の負担を減らしは
 したものの、農村の義務教育は空前の危機に見舞われてしまった」
「税費改革後、郷鎮レベルの税収は三割以上のダウン、
 村レベルでは七、八割のダウン」
「県や郷の党委員会等の幹部らは1900万人、
 村や組レベルの幹部が2300万人、その給与が年間2500億元以上」
「負担は減ったが、先生は食えない、俺達の子供は勉強できなくなった」
中国の義務教育である小中学校は無償ではなく、有償。
その財源がなくなったので、教員への給与支払いは滞った。
そもそも義務教育という以上、国家が負担すべきだと思うのだが、、
「1956年から1980年の間に、国は農業品と工業製品との価格差を通して、
 農民から一兆元を奪っているのだ。更に改革解放以後、食糧買い上げ価格が
 市場価格より低く抑えられ、更に多くの農民から奪っている」

 何開蔭は
「この税費改革方案の最大の欠点は、
 収入を増加させるシステムが組み入れられていないことだ」
「重大な改革の目標は、農村の計画経済を市場経済に転換すること」

「国はもう一度革命を行って農民を解放し、農民を都市へ移動させて農村人口を
 減らし、都市住民になれる希望を持てるようにすることだ」
「都市と農村の巨大な格差の為に、農民達が先祖代々自分の命と思って守って
 きた土地が、彼らにとって『負担』に変わった。耐えかねた農民は故郷を捨て
 阻もうとする都市の人為的なバリケードを突き破り、
 巨大な人口潮流となって各地の都市になだれ込んできた。
 都市に流れてきた農民の圧倒的多数は、都会の片隅に寄生している。
 彼らは都市住民が享受している所得保障や医療保険、
 住宅手当といった社会福祉には入れてもらえない」
「残業しても残業手当てはなく、健康を害し、命の危険のある仕事をしても、
 最低の労災保険もありはしない。人にだまされてただ働きさせられる人も多い
 仕事の為にケガを負ったり病気になったり、身体障害者になったりしたら、
 追い出されて使い捨てされる。乞食になり、売春婦になり、麻薬に手を
 出したり、麻薬密売の犯罪者になったり、悲惨な末路をたどる人もいる」


 臨泉県白廟鎮王営村:投獄され、党籍剥奪され、北京へ直訴したリーダーで
ある王俊彬。彼は党籍を回復し、村の党支部長になっていた。
その王氏が、村人から不正を訴えられている。訴えた農民を警察を使って
逮捕している。暴力的に税を取り立てている。
「今の中国の農村に残る旧体制は、「底無し沼」のように、
 一旦はまったら最後、人間を変えてしまうのだろうか」

地方幹部の不正を何年も訴え続け、苦心惨憺、ついに不正を正した者が、
今度は新たな農村の独裁者となる。
三農改革が進まないのは、地方の一部悪質幹部の所為だというのは、
一面的で誤りだ。
構造的な問題、国家の根幹に関わる本質的な問題だ。

農村部からの収奪による国家資産を、都市部の開発に優先的に振り向け、
都市部と農村部との格差は年々広がるばかりだ。
一億を越す農村部の余剰労働力は、都市部へと民工潮として溢れ出し、
戸籍差別により、低賃金で社会保障も一切ない。
これこそが、中国の脅威の国際競争力の真相だ。

しかも農民はもはや従順に従うだけの存在ではない。
21世紀現代の情報化社会の恩恵は彼らにも及んでいる。
農民は次々と立ち上がっている。
中国の伝統である易姓革命が再現する実在的可能性が存する。

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コメント

初めまして、上海に駐在して約6年になる駐在員です。
この本は、日本への出張時に買い求め、上海に持ち込んでいるものの、なかなか多忙な日々にかまけて読めておりません。が、ちょうど今週末、この本で取り上げられている安徽省のエリアに、在上海日本人何人かのグループである目的で視察に行くことになっており、どのように貧しいのか、垣間見ることになっています。
その上で、この本をじっくり読み、あまりに天地が開くほど違う中国の現実を身をもって知りたいと考えています。

投稿: Guinness | 2007年6月25日 (月) 15時54分

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