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2004.10.31

「ロシア・CIS南部の動乱」徳永晴美(清水弘文堂)

 <第一章>チェチェン民族と社会の特徴
テイプ(部族・門閥)が基盤の社会
テイプとは、同部族(血縁)と同郷人(出身地)の概念が混ざり合ったものの総称
165から170ほどのテイプに分かれている
内、約100が山岳部テイプ、70以上は平野部テイプ
歴代チェチェン人は、祖父や大祖父の家名を継ぐのが常で、各人は七代あるいは
十二代先の先祖の名を暗記しているほど、血縁を大事にする
テイプ代表者会議で討議、利害調整

・南北対立(山岳部と平野部)
・帯銃、仇討ちの伝統=『血の復讐』:この伝統は部族社会の暴力を抑止する
 機能を果たしてきた
・ペレストロイカ末期に民族急進派の台頭

 <第二章>急進派の政権奪取から内戦へ
・91年ドゥダエフ大統領:360の投票所の内、投票が行われたのは70ヵ所だけ
 ロシアは無効とした
・91年ソ連軍がチェチェンから大慌てで退却時に兵器の80%、軽火器の75%が
 ドゥダエフの戦闘員に略奪される
・経済封鎖:在チェチェンのロシア人にさえ給料や年金が支払われなくなる
 ドゥダエフ大統領:「ロシアはチェチェン人をイスラム原理主義に追いやって
 いる」
・経済危機を背景に大統領派と議会が対立=二重権力状態へ
・93年4月25日、大統領派と議会派が銃撃戦
 6月5日、北部地区で大統領不信任票が98%
 6月6日グロズヌイでの反ドゥダエフ集会を大統領親衛隊が襲撃:50人以上殺害
 6月21日グロズヌイで市議会を武力で解散:約70人殺害
・ガンテミロフ市長が反大統領派の武装組織(2000人規模)を結成
・12月北部で反大統領派の「暫定評議会」を旗揚げ、ロシア連邦加盟を表明
・94年1月ドゥダエフは国名を「イチケリア共和国」に変更、「イケチリア」は
 「チェチェンの山岳地方」を意味し、北部平野部を切り捨てたことを意味する
 南北分断が新段階に達した
・ロシアは北部に給料・年金支払いを開始
・大統領警備隊長まで反大統領派に、その武装勢力との衝突で200人死亡
・背後の石油利権争い:チェチェンの富の95%は石油と石油精製関連
 独立前は、年間1500万トンが精製され、その内80%は西シベリアから供給
 チェチェン内の油田では年間350万トンの石油が採掘、内150万トンを
 チェチェン内部で消費、残りは輸出
 これが、経済制裁で激減
・大統領派と反大統領派との対立は、石油利権争いが基底にあった
 92年石油関連収入10億ドルの内、国庫に入ったのは5%
大統領警護隊と新石油マフィアの癒着
・94年11月親ロ派が首都制圧作戦、失敗:死者数百人、捕虜にロシア兵70人
・12月エリツィンがチェチェン侵攻、約4万人

 <第三章>第一次チェチェン戦争
・三重の危機:・チェチェンの南北対立
       ・ドゥダエフ体制の内部対立
       ・ドゥダエフ政権とロシア連邦中央の対立
・エリツィンは軍事侵攻を選択:大統領選の劣勢の挽回
 「我々には勝利をもたらす小さな戦争が必要だ」(安保会議書記)
 <エリツィンは何故軍事介入に踏み切ったのか>
①ロシア内部の社会・経済問題から国民の目をそらし、期待される電撃的勝利で
 エリツィン政権の権威を挽回
②ロシアの権威を全CIS諸国に誇示するため
③カスピ海からのパイプラインの権益を確保
④ロシア国内のチェチェンマフィアへの宣戦布告
⑤ロシアの穀物の70%を産出するロシア南部はロシア共産党の大票田、この地域
 での支持を回復するため
⑥北カフカス諸国の分離独立を牽制するため

・ロシア国内の年間石油採掘量は6億トン、チェチェンの150万トンは微々たる
 ものに過ぎない:チェチェンの資源喪失はロシアの軍事行動の原因ではない
 ことは明らか
・アゼルバイジャンの首都バクーからのチェチェン経由でノボロシスクに通ずる
 石油パイプライン:カスピ海石油の通過料を確保することはロシアの国家戦略
・ソ連崩壊による新独立国家内でロシア人は少数派に転落、これを保護する必要
・イスラム原理主義の定着と他地域への拡散を阻止する必要
・チェチェン人口の約3割はロシア人だった。ドゥダエフ政権下の3年間で全人口
 約85万人の内、約20万人が国外退去(ほとんどはロシア人)
・旧東独駐留ロシア軍の汚職問題:国防相を追求する記者は公聴会での証言直前
 に謎の暗殺、ロシア下院ではエリツィン不支持が67%、支持率13%
・第一次チェチェン戦争勃発で、汚職公聴会はお流れ
・他の諸自治共和国とは、大幅に自治を認めて、分離独立を阻止
 (タタルスタン共和国等)

 <第四章>停戦・合法政権の誕生
・第一次チェチェン戦争:10万人の死者、40万人の難民、インフラ崩壊
・97年1月チェチェン共和国大統領選挙:マスハドフ59%、バサエフ23%
・マスハドフ:駐リトアニアソ連軍砲兵師団長、穏健派、ロシアとの対話路線
 「ロシア志向」を表明、他方で他の野戦司令官勢力との均衡の為、「イスラム
 化」も表明
・政権内部抗争
 ・マスハドフの対ロ交渉派
 ・対ロ強硬派:バサエフ、イスラム原理主義派(ワッハーブ派のハッターブ)
・98年10月:マスハドフとロシア首相プリマコフの対談
 「チェチェン共和国の独立はロシアと単一経済空間、単一通貨という条件の
  もとで考え、多くの問題を話し合う用意がある」(マスハドフ)
 「私の考えでは、チェチェン共和国は現在の国境線の枠内で独立国として存在
  すべきだ。しかし、バサエフは別の考え方をしている。彼は『チェチェンの
  実験』を隣接する地域へ、具体的には、最初にダゲスタンへ広げたいと考え
  ている。ついで、二つの海(カスピ海と黒海)へ、進出し、外洋への出口を
  手に入れたいと望んでいる」(マスハドフ)
・逆手に取ったイスラム傾斜で主導権を賭けたが
 マスハドフは、反対派のイスラム傾斜を逆手に取り、自分の方からイスラム化
 を掲げ、主導権を取ろうとするが、:イスラム法シャリーアの導入、イスラム
 会議シュラを開催

<第五章>第二次チェチェン戦争
・バサエフのイスラム連合国家創設構想
・マスハドフ大統領派と反大統領派との二重権力状態
 「血の報復」を恐れて、武力衝突はせず
・99年8月:その代わりに、隣国ダゲスタンに武力侵攻、イスラム国家建設を宣言
・マスハドフ大統領派は、それを阻止する力は無かった、つまり全チェチェンを
 掌握していないことを露呈
・8月31日:ロシア地下ショッピングセンター爆発事件
・9月4日:ダゲスタンの軍人住宅爆弾テロ
・9月9日:モスクワアパート爆弾テロ
・9月23日:チェチェン空爆開始

・狭まる独立の基盤・深まる孤立
 石油ガス資源に依存しつつも中央からの財政援助で成り立つ赤字共和国で、
 労働力の半数近くは他のロシア国内地域に収入源を求めており、ロシア経済
 からの自立は困難というのが実態だった。
・99年4月:アゼルバイジャンのバクーからグルジアのスプサへの石油パイプラ
 インが開通し、11月にはバクーからトルコのジェイハンに至るルートの契約も
 成立した。チェチェンルートは石油通過料受益権から外された。
・アゼルバイジャンの首都バクーからロシアのノボロシスク港に達する従来から
 の石油パイプラインの自国領内通過を、チェチェンが99年3月に拒否。
 ロシア連邦政府中央は7月、チェチェンを迂回する鉄道ルートでの石油輸送を
 開始。
・イスラム諸国はロシアとの関係悪化を覚悟してまでチェチェンを公式承認・
 支援するには至らない

・「9年間も事実上独立状態」だったチェチェンで「唯一機能している経済部門
  」は「誘拐ビジネス」だった
・誘拐は98年だけでも1415人、マスハドフ政権は誘拐防止対策局を設置するも
 効果があったとは言い難い
・「独立」の代償の一つは大量の人口流出、特に産業、教育、医療分野で基幹
 要員だったロシア系住民の流出は、共和国の将来にとっても痛手
・この10年、子供達はまともな学校教育を受けていない
・西隣のイングーシ共和国などへの難民は20万人超
 かつてのチェチェン人口85万人の内、推定で40万人がチェチェンを去った後の
 数字だ 
・ロシア中央はチェチェンからの不払いを理由に99年10月から一時期、ガスを
 止め、電力供給も四分の一ほどに削減

 
 まともな経済基盤も欠いてしまったチェチェンのマスハドフ政権と、これと
覇を競うバサエフら武装勢力は、現在と将来の「空洞の独立国家」を巡って
相抗争する不条理にたどり着いた。
 しかも独立のアイデンティティを証明するものといえば、せいぜい「シャリア
法廷と公開銃殺だけ」で、ほかに目ぼしいものは見あたらないのが現実だ。
 一方、チェチェンからの難民であふれたイングーシ共和国の状態も緊迫しつつ
ある。
 いまだ回復途上のロシア経済も、軍事・民政の両分野で新たな負担を背負った。

 かねてからチェチェン内での事態を憂慮していた西隣のイングーシのアウシェ
フ大統領は、もしチェチェンを「野蛮な秩序の洞窟共和国」にしたくないなら、
マスハドフは「鉄腕」をふるい「独裁」を発揮するべきだ、と反政府武装勢力の
取り締まり強化と秩序回復を訴えていた。
 マスハドフがバサエフ野戦司令官らに手を出せないのは、内戦を回避するため
だ、というチェチェンの民族的な背景事情がある。「血の復讐」による民族の
自滅を防ごうとすることからくる彼の「弱さ」、ジレンマと理解すべきだ。
アウシェフ・イングーシ大統領は、このジレンマを断ち切ることを提案している。

 99年10月実施のロシアの世論調査:チェチェンに対する武力行使を
「全く支持しない」と回答したのは10.9%だった。

 第二部 加熱するCIS南部のパワーゲーム

 <第一章> カスピ海周辺・カフカス南部の攻防
・ロシアの「柔らかい下腹部」へ三重の打撃
 ・チェチェン紛争への欧米諸国からの批判
 ・軍の撤退:旧ソ連のグルジアとモルドバからの駐留ロシア軍の撤退協定調印
 ・ロシア迂回パイプライン:BTCラインの調印式
・トルクメニスタン:ロシアに次ぐ旧ソ連第二の天然ガス生産国
 事実上市場選択の余地がない
 輸出可能な周辺CIS諸国はいずれも代金未払いの危機的経済的状況
 欧州に送るにはロシアを通る=ロシアの影響下を脱し得ない
 しかも主要ガス田はトルクメニスタン東部=欧州に送るには採算が合わない
 プーチンは2000年トルクメニスタンを訪問、30年間ガスを買い付け契約
 ロシア離れのトルクメニスタンをロシア経済圏に引き戻す
・ウズベキスタンとも天然ガス5年買い付け契約、同上

 <第二章> 対米警戒表すロシアの外交政策エリート
・チェチェン紛争は単に民族・宗教がらみの紛争ではなく、背後に米国とイスラ
 ム湾岸産油国という二大勢力間の石油を巡る暗闘があるという見方もある
 北ルートがチェチェンを迂回し、ダゲスタン経由で99年7月に石油輸送を開始
 していたが、ハッターブの8月のダゲスタンへの越境軍事行動により、この
 北ルートパイプライン区域を何度も襲った。
 チェチェン・ダゲスタンのイスラム連合国家設立そのものは絵空事でしかない。
 問題はこれによってチェチェンのイスラム武装勢力は、北ルートへの広範囲な
 攻撃能力を証明したこと。
 バクー・グローズヌイ・ノボロシスクの北ルートはチェチェン紛争により敗北
 アゼルバイジャンのバクー(B)、グルジアの首都トビリシ(T)、トルコの
ジェイハン(C)=BTCルート BTCルートを推す米国の勝利であり、チェチェン
 紛争のおかげ、米国にとってチェチェン紛争は絶好のカードだった
 しかし、このパイプラインは極めて高コストで、バクーからの石油が国際市場
 での石油価格の低下をもたらさない。その意味ではヨルダン出身のハッターブ
 (初代チェチェン外相もヨルダン出身)は、サウジ、UAEなどの湾岸産油国の
 利益を守ったとも言える(コメルサント紙国際政治部長)
・ロシア軍の対チェチェン軍事行動は、国際テロとの闘争という名目だが、
 実態は分離主義との闘争(TV概説者)
・ロシアの二大エリート:<石油・ガスエリート>と<軍産複合体>の闘争
 前者は日の出の勢い、後者は没落しつつある
 前者にとって西側は市場だから、友好関係が基礎
 後者にとって西側は市場ライバル、後者の市場は第三世界諸国、しかし市場は
 減衰
・98年2月:チェチェンで軍事訓練を受けたグルジア人テロリストによるシュワル
 ナゼ・グルジア大統領暗殺未遂事件
 チェチェン武装勢力はカスピ海石油輸送の北と西の両ルートを脅威にさらした
・チェチェン紛争を単にイスラム武装勢力とロシアの衝突、あるいはチェチェン
 人の反ロシア独立闘争と見なす見解に反対だ。背後では大きな諸勢力が暗躍

 <第三章> 軋轢が渦巻く南カフカスの三国
・アゼルバイジャンとグルジアの内乱:背後でロシア政権内部の二勢力が競合か
・アゼルバイジャンとアルメニア:ナゴルノ・カラバフ紛争

 <第四章> ポスト・シュワルナゼに暗雲の小国グルジア
・2000年末:グルジア国籍者のロシアへの無条件入国を許可していた「ビザなし
 出入国制度」を廃棄
・グルジア:人口約400万人、失業者約100万人、ロシアへの出稼ぎ人口は50~80
 万人、その送金は国家予算全額に相当
・ロシアの軍事基地は武器流出の源であり、軍機は麻薬運びの手段に利用されて
 いる。ロシア軍撤退はグルジア社会の安定化につながる
 アブハジア、南オセチア、アジャリア紛争の背後にはロシアの最も反動的な
 政治勢力があり、紛争を対グルジア圧力の道具にしてきた。ロシアと国境を
 接するアブハジア、南オセチアの分離主義者に武器を供給した、これは事実だ
 石油パイプライン収入は、エリート層を養うのには十分だが、国の経済全体に
 は顕著な影響を及ぼさない。エリート層は西向きだが、下層の人々はロシアの
 市場、ロシアとの歴史的な結びつきに期待をつなげている
 (ロシア週刊誌「モスコフスキエ・ノーボスチー」外部部長)
・プーチンはCIS諸国内で最初にグルジアとの「ビザなし往来」停止方針
 これは親米・ロシア離れのグルジアへの威嚇。多数のロシア在住グルジア人の
 経済活動に大打撃
 石油パイプラインの通過料は年間最大でも一億ドル、現実にはせいぜい七千万
 ドル。これはグルジアがロシアに払う一年間のガス代金相当額でしかない
 (ロシア科学アカデミー研究員)
・クリントンは「グルジアにはアメリカの安全保障上の国益がかかっている」と
 3億ドルの援助、しかし援助金は行方不明
・ロシアはグルジアの債務を理由に天然ガス供給を停止、その後シュワルナゼが
 プーチンに懇願し供給再開
・ビザ取得・トビリシ・モスクワ便は二十分の一に激減:出稼ぎ激減
・2001年独立世論調査調査機関:親ロ派が1位:18.4%、2位も野党:15%、シュワル
ナゼ与党:10.7%
 政治家への支持率:元グルジア共産党第一書記:15.4%、法相:10%、親ロ指導者:
 8.5%、反ロシア派議会議長:1%
 外交ではグルジアはどこ向きが良いか:ロシア:46.4%、西欧:22.2%、米:13.4%

 <第五章> 巻き返し図るプーチン外交の試練
・ロシア・アルメニア・イランの関係強化
・「ウクライナの経済エリートの間では、欧米諸国との経済関係拡大への過大な
 期待が消え、ロシアへの拒絶反応は著しく弱まり、ロシアとの経済関係強化が
 ほとんど唯一の合理的選択である、という意見が出ている」
・ソ連崩壊の余波で、中央アジアやカフカス地域では、市場経済化に伴う経済・
 社会的な混迷が大量失業、福祉の後退をもたらしたことを契機に、社会的な
 公正や平等を説くイスラム運動の求心力が高まった

中央アジア諸国では、「日本はNATOだ。No Action Talk Only」と言われている
アゼルバイジャンでは、「欧米諸国は石油開発だけに投資する。日本は広範囲な
援助を行っている」という声もある。
旧ソ連圏の新興諸国で法が整備されず、投資保護関係の法体系が確立しない間は
、いかなるプロジェクトにも期待はできない。日ロ合弁によるホテルやレストラ
ンなどがいつの間にかロシア側に乗っ取られてしまった
一皮むけば、共産党支配時代からの縁故主義と汚職体質が至る所で根深く残って
いる

 <軍事分野での「非軍事的な支援」>
 日本の新型地雷探知機「マイン・アイ」が各地で渇望されている

 <イスラム過激派の温床を断つための環境作り>

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コメント

 「日本技術陣 一億の地雷に挑む」NHK プロジェクトX
 http://www.nhk.or.jp/projectx/library/library.html

 NHK HOME PAGE より、
「世界各地に頻発する戦争や紛争。その復興に大きな足かせとなっている
 「悪魔」がある。「残留地雷」である。 現在、地球上に埋まる地雷の数、
 実に1億個。毎月2000人が命を亡くす。
 地雷除去を担当する国連関係者や世界のNGOが熱い期待を寄せる
 日本製の地雷探知機がある。
 「マイン・アイ」。土を掘り起こさなくとも、レーダーで地雷の形状や位置を
 正確に割り出す。より早く安全に、除去が可能になった」

 MINE EYE 創作にかかわるお話でした。

 日本が世界に胸を張って誇れる物ですね。

 紛争後の復興にとって、残留地雷、特に「対人地雷」が大きな障害となって
いるんですね。


大田区・蒲田にある小さなベンチャー企業。冨田洋氏。
最先端のレーダー技術を組み合わせ、コンクリート内部の穴を発見する
検査機器を設計。
これに注目した国連地雷除去担当パトリック・ブラグデン氏は、
「レーダー技術を地雷探査に生かせないか」と持ちかけた。
しかし、国連に予算はなく、無償で開発が条件だった。
 従来の直径50センチ以上の物を識別する能力から、
直径5センチ以下の物まである地雷を捉えるセンサーを開発しなければ
ならない。
開発から二年後の試作機では、テーブルほどの大きさと、
解析に3分掛った。
「遅すぎる」
より小型で、画像処理速度をもっと上げなければならない。
自分達の技術力では限界があった。
大企業に呼びかけた。

日本IBMは高速画像処理ソフトとエース・エンジニアを提供
「人道目的の地雷除去支援の会」JAHDS(ジャッズ)結成
オムロンが高性能センサーを
シャープは炎天下でも画像を映す研究中の液晶を提供した。
軽量小型化、5秒で画像表示。

 湿気の多い土や凹凸のある場所では、その機能は不十分だった。
更なる改良が続いている。


 日本の有力企業各社が力を合わせて、作り出したということ。
各企業の言わば、企業秘密に当たるであろうものまで、惜し気もなく提供して
いるといこと。
 何より、このプロジェクトにかかわった個々人が皆、このプロジェクトに
誇りを持っていること。
「おそらく一生に一度あるかないかのチャンス」と、むしろ、このプロジェクト
を持って来てくれたことに感謝していることに最も感動しました。


 賛同企業は、日本を代表する大企業ばかりなのだが、
少なくともこのプロジェクトに関する限り、脱帽せざるを得ない。
心から敬意を抱く。
もちろん、社名のPRという計算もあるだろう。
しかし、名声は成功した場合のものであって、地雷除去作業中に、もし事故が
あれば、むしろ企業イメージ・ダウンになる。
無償提供し、更に、企業イメージ・ダウンする場合すらあったのである。
そういう意味では、通常の私的企業という概念を超えているものが確かにある
とも思う。

投稿: 妹之山商店街 | 2004.11.14 05:06

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